藤沼です。私はここ10年ほどで急成長した民間企業による宇宙関連ビジネスに強い関心があり、"Fly me to the Mars. (私を火星に連れて行って)"が口癖になっています。特にSpaceX社に関しては、Falcon 9が垂直着陸を初めて成功させる前から打ち上げの様子をほぼ毎回観ています。
当然ながら先月世界的なニュースとなったFalcon Heavyの商業初の打ち上げもLIVE中継を見ながら出社したのですが、空中で切り離された3機のブースターが地上の着陸拠点と洋上のドローン船(Of Course I Still Love You)に力強くも美しく垂直着陸する様子は圧巻でした。
See SpaceX's Falcon Heavy rocket land all 3 boosters for the first time
世界にはインターネットがない国・地域がまだたくさんある
さて、今回は宇宙開発を利用したインターネット環境整備について取り上げます。
これだけ情報通信環境が整った現代においても、未だにインターネット環境が整っていない国・地域は地球上に多く存在します。イギリスに本拠地を構える団体We Are Socialのレポート"DIGITAL 2019"によると、世界全体におけるインターネット普及率は2019年1月時点で57%だと報告されています。
国連組織のITU(国際電気通信連合)も同等の普及率を2018年12月に報告しております。
これは表現を変えると、未だにインターネットアクセスを持たない国・地域が4割〜5割ほど残されているということを意味します。インターネットを利用したサービスを提供する事業者にとって見れば新たなマーケットが残されているとも言えますが、その反面でこうした国・地域における経済的な格差がどんどん広がっていくとも言えます。環境問題や貧困問題と同様に、インターネット環境の整備は社会的な課題なのです。
宇宙からインターネットの雨を降らせる
従来、インターネット環境の整備には海底ケーブルの敷設や地上の通信設備の整備、そして各利用拠点への引き込みなど莫大な投資と期間が必要とされてきました。これに対して、近年の通信技術・小型化技術の発達や製造・打ち上げコストの低下などにより、数百〜数千の通信衛星を打ち上げて地球全体を覆い、そこから空・地上・海上に「インターネットの雨」を降らせることを本気で実現しようとしている事業者がここ数年で続々と登場しています。
余談となりますが、このように複数の人工衛星から成り立つシステムのことを「衛星コンステレーション(satellite constellation)」と呼びます。通信衛星に限らず、気象衛星や観測衛星などにも用いられる用語です。
注目すべき衛星インターネット事業者
以降では、衛星コンステレーションによる高速インターネット通信事業に取り組んでいる代表的な事業者を紹介します。
OneWeb
孫正義やリチャード・ブランソンが注目
OneWebは2012年に設立された企業で、孫正義さんのソフトバンクが大型出資したことで日本でも話題になりましたのでご存知の方も多いでしょう(*1)。他にもリチャード・ブランソン率いるヴァージン・グループやクアルコム、エアバスなどから出資を受けており、これまでの調達額は34億ドルとの報道も出ています。
OneWeb Targeting Global Internet Access With Satellites
2019年2月に最初の衛星の打ち上げに成功
打ち上げ計画には何度か見直しが入っておりますが、本記事執筆時点の情報では、当面の目標は650基からなるコンステレーションの構築のようです。今年の2月にはアリアンスペース(Arianespace)のロケット「ソユーズ(Soyuz)」によって最初の6機の通信衛星が打ち上げられ、見事成功しました。今年10月頃から毎月30基程度の打ち上げを計画しております。
メキシコやルワンダも注目
なお、今年3月の資金調達ではメキシコの大企業(グルーポ・サリナス)や、ルワンダ政府が出資しています。メキシコはインターネット普及率が世界第80位(*2, *3, *4)で、FTTHが普及しつつあるものの未だにADSLが主流のようです。また、ルワンダのインターネット普及率は世界第157位(*2)。当面の目標として地方の行政機関、医療機関及び中学校以上の教育機関で、ブロードバンドサービスが100%利用可能となることや、その速度を3Mbps以上とすることを掲げています(*5)。こうした状況からも衛星コンステレーションを利用したインターネット環境の構築への期待が伺えます。
*1 宇宙ネット構築目指すワンウェブ、ソフトバンクなどから1400億円調達
*4 Fixed-line broadband penetration rate in Mexico in 2nd quarter 2018, by technology
*5 一般財団法人海外通信・放送コンサルティング協力: アフリカでの日本製品普及に資する資格制度導入調査報告書(ウガンダ及びルワンダ) p.14, 15 図表11
SpaceX
民間の宇宙輸送サービスを提供する事業者として知られるイーロン・マスク氏のSpaceX社も「Startlink計画」と呼ばれるプロジェクトを進行中です。当面の目標は約1,000基を打ち上げることであり、2020年代半ばまでに12,000基という膨大な数の衛星でコンステレーションを構築しようとしています。昨年2月にはデモ版の衛星を既に打ち上げており、今年5月には商用版の衛星の最初の打ち上げが予定されています(*6)。
Starlink, getting your WIFI from SPACE!
低軌道のコンステレーションを組み入れることで低遅延の実現を図ろうとしている様で、これはTeslaの事業とのシナジーも見込んでの設計なのではないかと個人的に推察しています。
*6 SpaceX’s first dedicated Starlink launch announced as mass production begins
Boeing
一般的なイメージとしては旅客機メーカーとして知られるボーイング社ですが、事業領域としては宇宙機や軍用機も手がける超巨大航空宇宙機器メーカーです。そのボーイング社もV帯を利用した衛星コンステレーションの構築を2016年ごろにFCC(米国連邦通信委員会)に申請しています。フライト中の機内インターネットサービスの高速化などの付加価値向上を目指しての計画だと見られていますが、ここ数年目立った動きがないのが実態です(*7)。
これは私個人の勝手な見立ててですが、既に複数のプレーヤーが登場して計画を実行段階に移しているこの市場において、ボーイング社は自前での衛星コンステレーション構築から他のプレーヤーとの協業の道を模索しているのかも知れません。
*7 Plans for Boeing-built broadband satellite constellation stuck
Telesat
Telesatはカナダの衛星通信事業者であり、衛星コンステレーションを利用したインターネットサービスを2020年代の初めに開始する計画を立てています。
Telesat LEO - Transforming Global Communications
Amazonのジェフ・ベゾス氏が設立したロケット開発・打ち上げ企業のBlue Originと既に複数回の打ち上げ契約を取り交わしていることから話題になりました(*8)。
*8 Amazon・ベゾスの新型ロケットが売れたワケは、「大は小を兼ねる」にあり
Kuiper Systems LLC(Amazonの子会社)
Project Kuiperという名前のプロジェクトを計画しているKuiper Systems LLCは、つい最近になってAmazonの子会社であることが発覚した会社で、3200基ほどでコンステレーションを構成する計画を立てています(*9)。
詳細は不明なことが多いですが、これまでインターネット環境がなかった地域や場所(移動中の飛行機や船など)に対してEC事業を出来るようになったり、SCM(サプライチェーン・マネジメント)観点での活用も期待できるでしょう。
*9 アマゾン、3000基超の衛星によるブロードバンド提供目指す「Project Kuiper」を計画
衛星コンステレーション以外の手法を用いる事業者も
本記事の主題からは外れますが、衛星コンステレーション以外の手法で空からインターネットアクセスの提供を試みる事業者もいます。ここではFacebookとGoogleの事例を取り上げます。
これは既にdiscontinuedされているプロジェクトですが、FacebookはProject Aquila(アキラ)というプロジェクトを過去に行っていました。ジェット旅客機よりも幅の広い無人のドローンを飛ばして、通信サービスを提供するというものです。ドローンは太陽光発電を利用することによりずっと飛び続けます。
2018年6月に単独での開発中止が発表(*10)され、現在はエアバスなどとの協業による新たなプロジェクトが進行中と見られていますが、具体的な内容の発表はされていません。
*10 Facebook、ネットワーク接続のための「Aquila」ドローン開発を打ち切り
Googleは2011年にProject Loonというプロジェクトを開始しています。このプロジェクトの非常にユニークな点は、気球を用いて通信サービスを提供するというところです。
ニュージーランド、ペルー、インドネシアなどで実証実験を経た後、2013年に取組内容が大々的に公表されました。AIを活用したナビゲーションシステムにより、気流などの気象条件に応じて最適に気球自身を制御するそうです。
2018年にケニアの通信事業者であるテレコムケニアとの協業を発表し、2019年には商用サービスを開始する予定です(*11)。また、つい先日ソフトバンク子会社との戦略的パートナーシップの構築が発表され、日本でも大きな話題を呼びました(*12)。
*11 Googleの成層圏に飛ばした気球でWi-Fiを提供する「Project Loon」が2019年からついに商業展開を開始
総務省も注目
なお、こうした動向は総務省など関係省庁でも注目されており「宇宙利用の将来像に関する懇話会」の配布資料(*13)に取り上げられていますので、興味のある方はそちらも併せて目を通すのが良いかと思います。
さいごに
衛星コンステレーションやドローンを利用して上空からインターネット環境の提供を試みる事業者を紹介してまいりました。こうしたシステムはインターネット環境の提供のみならず、既存の観測衛星や気象衛星とも連携することにより天災の早期発見や違法漁業・瀬取りの監視・摘発、野生動物の調査の高度化にも繋がるでしょう。
壮大で無謀にも聞こえてしまうこうした取り組みには、当然ながらスペース・デブリの増加やケスラー・シンドロームの発生といった懸念の声も挙がっています。しかし、社会的にも意義があり技術面でも非常に興味深いプロジェクトであることは事実でしょう。
更に言えば、こうした取り組みは数十年後に必ず訪れると私が強く信じている、イーロン・マスクが提唱する"Humans a Multiplanetary Species"の時代に必要となる惑星間インターネットの構築にも繋がっていくと考えています。
Making Humans a Multiplanetary Species
30年後の通信インフラがどの様になっているか(なっているべきか)を想像すると、これからの展開がとても楽しみです。
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